まだコロナ禍の最中にいるからか、大勢の人にとってこの先は非常に不安で仕方ないだろう。いくら努力をしても危機が収束しそうもないから、多少絶望的になるのも無理はない。つい最近まで繁盛していたオペラ周辺などで『テナント募集』の看板もよく見かけるし、破綻話も耳にタコができるほど報道され、この状況ではむしろ平気でいられる方が異常だ。

 全てが混乱する前のことを思い出すと「早く元通りにならないのかな」とこの先が不安な我らは逆に「過去」にある種の癒しを求めている。当然といえば当然だ。将来と違って過去は完全に過ぎたからそういう意味で思い出というのは安心させてくれるものだ。しかしその過去が歴史になるともう少し複雑になる。

 今年ナポレオンが死んで200年が経とうするが、「フランス人の偉人たちの中で一番人気な」彼だから本来、記念祭で全国各地が盛り上がっても不思議ではなかったのに、フランス皇帝として知られたナポレオンは今でも激しく非難の的になっている。理由は簡単である。アメリカ発祥のブラック・ライヴズ・マター運動を背景に、現在フランスの知識人の中では一時的に奴隷制度を復活させたナポレオンは記念されるより糾弾されるべきではないかと白熱した討論の議題になっているからだ。その延長で歴史の教え方も根本的に問いかけられる訳で、今まで英雄視されてきた人物の中では現代の視点や価値観で徹底的に分析される結果として完全に見直される例は少なくもない。

 歴史を見直すこと自体は決して誤ったことではない。しかしルイ14世は女性の多い会議は時間がかかると言いそうなぐらい女性蔑視していたとかナポレオンはただの白人至上主義野郎だったなんて言われても若干ばかばかしい。アナクロニズム(時代錯誤)は小説家の味方であれば歴史家の天敵であるからだ。それに、半端な理由で偉人の銅像を破壊しても多少の砂利以外何も生まれてはこないだろう。


作名「英雄はいかに作られてきたか」

作者アラン・コルバン

出版 : 藤原書店


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Rémi BUQUET

フリーランス翻訳家

buquetremi@negoto.fr