今回は「世界で一番美しい本」と言われ、当時最高の技術と材料を使って制作された贅沢な時禱書を紹介しましょう。希少なラピスラズリやコチニールなどを使って羊皮紙に描かれた絵画と挿絵が収められている時禱書ですが、これはローマカトリック教会のキリスト教徒のための祈りの本で、聖務を表した日課書です。1月から12月までひと月ごとに、農作業や行事が描かれ、歳時記のようなものでもあります。本書は15世紀初頭にランブール兄弟によって製作が開始され、彼ら亡きあとは当時の一流絵師たちにより描き継がれ、なんと80年かけて完成しました。


 紹介する1月の絵には、上には1月の象徴である山羊と水瓶が、下には新年の宴の様子が描かれています。依頼主であるベリー公主催の新年の宴で、画面右の青い服はベリー公本人、その他謁見する人々、ご馳走、犬が描かれています。当時犬は食卓に同席できる気高い動物だったとか。背景にはトロイの戦争が描かれたタペストリーがかけられて宴と一体化しています。
ベリー公の頭上には「approche approche (近う近う)」と書かれてあり、案内人がベリー公に近づくように誘います。その周りで使用人たちは、お酌をしたり、肉を切り分けたり忙しそう。テーブルの上にカトラリーはありません。当時まだフランスは、手掴みで食べていたのです。ナイフとフォークが一般化するのはその後のこと。
本作品は生クリーム(Chantillyシャンティイ)の由来となった同名の城下町にあるコンデ美術館所蔵。パリから日帰りでも楽しめますよ。
*ベリー公のいとも豪華なる時禱書は非公開


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
●https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7