静物画についてどういう印象をお持ちでしょうか。私は退屈でどれも同じに見えると幼いころより思っていましたが、この人の静物画を見た時、その艶やかさに静物画の印象が覆されました。アンリ ファンタン=ラトゥール、花の画家と言われ薔薇を描かせたら右に出る者がいないと言われた画家。今回紹介する絵は、そのファンタンの持つ鋭敏な感受性が際立っています。落ち着いたトーンの背景に浮かび上がる花や果実は、静謐な上品さを保ちながら力強い存在感を放ち、花びらの質感、果実の色艶のリアリズム、さらに哲学すら感じさせる完璧な構図には目を見張るものがあります。
 ファンタンは静物画だけでなく、若いころは、École des beaux-arts で基本を学び、ルーヴル美術館で巨匠と呼ばれる画家の作品をとにかく模写。その後、ロマン主義のドラクロワ、写実主義のクールベ、印象派のマネなどとジャンルを超えて交流しました。また、ロココの画家のシャルダン、17世紀のオランダの絵画も参考にしています。20世紀初頭ベルエポックに流行した室内の日常生活、個人の身近な題材をテーマにしたアンティミスト親密派に時々分類されることもあるものの、揺るぎないテクニックと彼自身の感性により独自の画法を築きました。
 当時の絵画主題のヒエラルキーは、宗教主題歴史・神・王の偉大さを表現する歴史画を頂点とし、肖像画、風俗画、静物画、風景画と降りてきます。静物画はしょせんモノ、ピラミッドの底辺です。しかし、あえてその主題に挑戦したことは、ファンタンの繊細な感性とテクニックのなせる業で、彼の描く静謐で上品な静物画は、その地位を押し上げたに違いありません。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7