俄雨の後、暗い雲の隙間から青空が覗き、虹がかかっています。空から光がさし、嬉しそうに飛ぶ鳥の姿と奥の木の下には雨宿りする農夫らしき人。何か希望を感じる絵です。ミレー作「春」は、四季シリーズとして晩年に描かれました。ミレーと言えば、「落穂拾い」あるいは「晩鐘」が有名ですね。ノルマンディーの農家に生まれたミレーは幼い頃から絵の才能があり、パリのエコール・デ・ボザールで研鑽を積み各サロンに出展。初めは肖像画など、サロン受けする絵画ヒエラルキーの高い絵も描いていました。

 彼が活躍した19世紀中頃、フランスは産業革命が始まり、貧富の差も出てきました。そんな社会に嫌気がさし、郊外へ居場所を求めるアーティストも現れます。ミレーもその一人で、パリ郊外のバルビゾン村で絵画活動をスタート。そこに集まった画家たちはバルビゾン派と呼ばれ、劇的でロマンティックな理想を描くロマン主義や新古典主義ではなく、自然に戻ろうとし、真実を描こうとする写実主義の画家たちが中心でした。なんとここにはまだ印象派と呼ばれていない時代のモネもいたのです。

 ミレーは、貧しくても敬虔な農民や農村にスポットを当てた絵画を描き始めます。当時のフランスは階級社会。絵画は高尚なもので、農民を描くことに抵抗を持つ人もいましたが、ミレーは描くことによって訴えました。稼業は継がなかったものの、記憶にある幼い頃見た農民の労働の厳しさと、理想ではなく農村の真実の姿が見えたのでしょうか。同時に懸命に働く農民へ注ぐミレーの暖かい眼差しも見受けられます。改めてこの作品を見ると、自然への敬意と人間への賛歌のようにも見えてきます。厳しい冬を越え春が来る、雨の後には晴れ間がある、人生も同じだというミレーからのメッセージなのかもしれません。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7