このメトロのエントランスをパリで目にしたことがある方もいるのではないでしょうか? 草花のような緑の曲線のアイアンが特徴的ですが、これもアート作品でアールヌーボーの代表作です。作者のギマールは19世紀後半から20世紀にわたり活躍した建築家。時は Belle Époque(ベルエポック 美しき良き時代。1890年から1914年第一次世界大戦開戦まで)。この時代は、美術、音楽、文学などフランス近代文化において重要な時代であり、アールヌーボーもその一つです。その誕生には社会的背景が重要になってきます。

1860年代イギリスで提唱されたアーツアンドクラフツ運動は、産業革命による大量生産に対抗して始まった美術工芸運動です。職人による工芸の美しさを見直し、その仕事の価値を引き上げようとしました。18世紀後半イギリスに始まった産業革命は、19世紀中頃までにフランスにも広がり、同時に工芸美にも焦点が当たり始めました。そこで生まれたのが、Art Nouveau (新しいアート)です。ここで芸術と日常生活が初めて交わったのです。アートのカテゴリー化が終わり、有名な画家の絵も、職人の民芸品もアートであり、その特徴は自然界にある動植物からインスパイアされた女性的な曲線美。ギマールの作品にもその定義が当てはまりますね。メトロという日常生活では欠かせない場所。植物から着想を得た曲線美。そして彼の真骨頂は、産業革命の否定だけではなく、その代表とも言える鉄と芸術との見事な調和でしょう。工業芸術の域を高めた点でもギマールはアールヌーボーの中心的人物なのです。パリの街中には他にも彼の建築、装飾などが見つけられます。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
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