本来、春というのは暖かくて非常に愉快な季節である。

自然が新たに芽生えてくるし、冬の冷たくて長い夜を忘れさせるほど、毎晩そよ風が吹き、日もどんどん伸びていく。花見の文化のある日本では特にそうかもしれないが、楽しいピクニックシーズン到来の同類語でもあるから、春がなかなか来なかったら誰もがユーミンみたいに春が早く来るよう歌い出したくなるだろう。

しかしその居心地の良いはずの時期の10年前にとんでもない天変地異が起こってしまった。そう。皆があのニュースに唖然となったことをきっと昨日のように覚えているのに、実はあの日からはもう10年が経とうとしているのだ。

2011年3月11日の原発事故から日本人の「豊かな戦後」が終わった。どういうことかというと75年前までの時代を遡る必要が出てくる。当時、原爆投下で核というエネルギーは日本人にとって何より「恐怖」のシンボルだったのに、気付いたら原子力はアトミック電車やアトミック車などより便利で早い乗り物が普通に走る明るい未来像の「希望」へと変容し、国民の「豊かな」日常を支える柱となっていった。

作者は1世紀以上の歴史を振り返り、発明王であるエジソンによって電気がどうやってこの世を照らせるようになったのかを説明するが、自分のお爺ちゃんのお爺ちゃんはきっと蝋燭でしかデートしてねぇなと感心するほど電気の普及がどれだけ「最近」の話であることかが分かる。

でもやはりこの本の一番面白いところは、なぜ被爆を体験した国がそこまで原子力に頼るようになったのかという、福島原発事故直後に大勢の人が持った疑問に対する作者の答え方です。300ページには専門用語がほとんど使われず、ゴジラなど特撮映画や鉄腕アトムのようなサブカル的なネタが豊富なおかげで、議題が堅いはずなのにスラスラ読める。何より原発大国と言われるフランスの現代史を違う角度で見直したくなる内容です。


吉見俊哉著 『夢の原子力』

ちくま新書

Rémi BUQUET

フリーランス翻訳家

buquetremi@negoto.fr