「パンとサーカス」の繰り返し

 パリのどこのビストロの前を通っても、最近は与党の愚痴より懸命な声援が聞こえてくる。とはいえこの不景気で政権が急に人気は得られないはず。実際に店内を覗くと、早い時間から大勢の人が大画面の前に集まり、酒を飲みながらそれぞれの国のサッカー選手たちを応援しているのだ。真っ昼間からボジョレーを飲める口実になるなら、もはやどこの国が出ても関係ないと思っていたが、ヨーロッパで活躍している外国の選手はあまりに多すぎて単純にそのファンの人たちが忠実に応援していることもあるだろう。
 東ヨーロッパでは、ソ連時代のごとくロシア軍がウクライナを侵攻し市民を戦火に巻き込む一方、人権問題を理由に著名人がワールドカップをボイコットするように呼びかけている。今回はイベントとして本当に盛り上がるのだろうかという不安もあったようだが、ビストロ内のビールの飲みっぷりを見たらドンバスの人民よりFIFAの開催者はよく眠れるだろう。
 

 古代ローマの詩人は社会の世相を批判するため、「パンとサーカス」という表現を使用していたが、それは権力者から「食料」と「娯楽」すら無償で与えてもらえたら国民は絶対に政治的盲目に置かれるという意味だ。まさに今の状況と同じ。時代が変わっても国民の鎮め方が以前と変わらぬ。ただフランスではバゲットも値上がりし、全試合観戦するなら有料プランに入らなきゃいけないので無償で黙らされていたローマ人より愚民かもしれない。フランス代表は無事に予選を進み、日本代表もドーハの奇跡を起こしドイツを破ったので両国の応援者としては最高の始まり。あとは、ウクライナとロシアの試合がロスタイムなく早く引き分けで終了したら、今回のワールドカップから敗退した国も喜ぶはず。


 「古代ローマ史のちょっと違う語り方」


 ジュスト・トライナ 著(Les Belles Lettres)
 (和訳未定)


Rémi BUQUET

翻訳家・通訳者
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