人を跪かせたり踊らせたりするパワー

今月の一冊

『アイドルの読み方――混乱する「語り」を問う』

香月孝史 著

青弓社ライブラリー

アイドルと言うと大抵の日本人は当然のように雑誌の表紙を飾るアーティストを連想するだろう。無理はない。数十年前から歌や踊りで世代関係なく大勢の人に夢を与え続けてきた無数の若者がこう呼ばれてきたからだ。しかし本来は「偶像」という意味で、崇拝される対象を指す単語。AKB48と共に広がった「推しメン」に対するファンの熱狂さは宗教を連想させないとは言いづらい。自分の推しがテレビ画面に映った途端にまるで何かに取り憑かれたような動きをしだすし、何より応援のつもりであまりにも貢ぐので、もはや神への年貢と言っていいくらいだろう

 80年前の戦争まで人々の「青春」はかなり儚いものであった。大学どころか高校にもいく人が少なかった当時の若者はある程度の教養を身につけてから働き出していたので、現代のような十代や二十代の「人生を謳歌」せずに実質「大人」になっていた。戦後は進学率が高くなったために、若者は時間に余裕ができ、初めてティーンエイジャー文化が生まれるのだ。基本的に彼らは同世代のアーティストに惹かれ、経済的に応援したくなるから「アイドルビジネス」が誕生した。

 アメリカではエルビス、イギリスではビートルズ。世界各国で若年層を虜にするようなスターが現れるが、「アイドル」という言い回しが使われるようになったのはフランス人のシルヴィ・ヴァルタンが「アイドルを探せ」という映画に出演したことからだ。主演時間はたった3分なのに世界的に大人気な歌手なった。それ以降その単語は日本語に定着し、巨乳を武器にするグラドルからプロダンサー並みのスキルを見せつける韓国バンドやトークだけで女性をときめかせる歌手を指すようになる。日本は未だに毎年数えきれない歌手が競い、ノリの良さげなサビで客の心を掴もうとする。神のように振る舞うのに、皮肉なことに恋愛以外ほぼ全部許される。恋愛こそが神話の醍醐味なのに勿体無い。とはいえたった3分だけで歓声を浴びせられるのはなかなかの神業だ。

Rémi BUQUET


翻訳家・通訳者