謎のバスでアメリカ人の勇敢さを知る ― Tea around town ―

ニューヨークの街を歩いていると観光バスをよく見かけるのだけど、その中でも特別謎の雰囲気のバス、その名も「Tea around town」。中を覗いてみると、どうやらアフタヌーンティーをしているらしきケーキ台が見える。イギリスの観光地ならわかる。どういうつもりでアメリカの観光地でバスを走らせているのか。そもそもバスの中で熱々の紅茶が飲めるとは思えない。注ぐ人も危ないし、飲む人の口元も危ない。ということで、紅茶もアフタヌーンティーも詳しくないけど好奇心だけで予約しました。好奇心が過ぎると死ぬ、って不思議の国のアリスのセイウチが言ってたな……。

 ブライアントパークという公園の脇に止まったピンクのバスに並んでいるお客様は私を含む9割はおばさん。1割若い女子。バスには風も吹いていないのに髪がなびいてるステキ女子の絵。もしかして窓開くの? と期待を抱きながら乗車すると、天井に窓があるけど開かない。テーブルにはすでにフードが置いてあり、カワイイピンクのタンブラーも。お土産かな?

 早速サービスのお兄さんがやってきて、手には大量にティーパックから淹れられたティー。ティーパックなのねー。ガムテープにアールグレイって殴り書きしてある魔法瓶から注がれます。魔法瓶なのねー。あれ、注ぐカップは……ないのねー。このプラスチックのタンブラーに注ぐのねー。熱いのも冷たいのも全部このタンブラーに注ぐのねー。耐熱とは思えないけどー。アメリカ人、イギリスの方に怒られそうで怖くてできないことを全部やって、ある意味勇敢ねー

 フードはサンドイッチ、ゆで卵マヨネーズ、スコーン、レモンタルト、シュークリーム、ガトーショコラ。お隣の10人おばさまグループは高いコースにしていて食べきれずに持ち帰りの箱をもらっていました。味は普通。マズくはない。そして肝心の紅茶もとても美味しかった。

そして、毎回いろんな紅茶を注いでくれる髪の薄いお兄さんがずっと「僕の頭は」「僕の髪の毛の」としつこくハゲネタでジョークを飛ばしているけどオチが聞き取れなくて悔しかった。アメリカ人のトレンディエンジェルはアフタヌーンティーバスに乗っています。

 バスは1時間10分程度マンハッタンの観光地を軽く回り、マイクを持ったガイドさんが現れたので観光案内をすると思ったら歌いだした。あ、そういうことだったのか。アフタヌーンティー風のライブバスだったのか。なーんだ! なーんだ! そう言ってよ~。私ったらアフタヌーンティー楽しみに来ちゃった。歌は、とっても上手。しかしバスガイドさんが使う音が良いとは言えない音質のマイクで歌うからアリシアキーズの名曲も「ニューヨーーーー」の伸ばす部分がブチブチ切れて宇宙人からの交信みたいになってしまう雑なコンサートだけど、勇敢なアメリカ人は細かいことは気にしないのである。アメリカ人はきっと退屈したんだな、イギリスで。観光地回りながらのほうが楽しくね? 歌、歌った方がよくね? ってなったのだと勝手に納得しました。要約すると、タイムズスクエアをニューヨークの歌を聴きながら通過し、バスがデカすぎて曲がり角を曲がれなくなってモタモタしていると隣のおばさんたちが「歩いてるやつ轢き殺せ」と悪態ついているのを尻目にタンブラーで紅茶を飲む体験。おしゃれだったかどうかは聞かないでほしい。

吉野亜衣子


ラジオ局を辞め、夫の留学についてパリへ。
帰国後、日仏文化交流のための NOISETTEを設立。2022年で設立10周年。
2024年春よりNY在住。

連載中のトモクンとポッドキャストやってます。