隔てるものは何もなく、遠くまで続く平原。
その静けさの中に、佇む赤い帽子をかぶった羊飼いの少女と羊の群れ。


 雲の隙間から降り注ぐ光はそれらを温かく包み込みます。この少女はミレーの娘とも言われています。羊飼いの少女は、1864年に出展したサロンで好評を得、ミレーの評価を押し上げました。その背景には、立役者がいました。
 アルフレッド・サンシエという人物で、ミレーも属したバルビゾン派を世に紹介した美術評論家としても有名です。法律の仕事をする傍らで、芸術への関心も高く、ルーヴル美術館の事務局長、フランス内務省の美術部門にも勤め、その傍ら、ミレーとも個人的に親交を深めます。『ミレーの生涯と作品』という著書もあり、その後のミレー研究の柱となっています。
 それまでのミレーの絵は、農村の労働者を理想化せずありのまま描いており、当時の貧困な農民層の表現は保守派の多いサロンでは敬遠されていました。当時絵画というものは崇高なものでなければならないというヒエラルキーはまだ色濃く残っていました。
 そこで、サンシエは貧困の表現を緩和するようアドバイスしたと言います。自分の主張は曲げたくないミレーも彼のアドバイスを聞き入れ、ミレーの得意とする農村風景はそのままに、羊飼いの表現をソフトに修正を重ね、望んだ1864年のサロンでこの作品は見事好評を博しました。ちなみに同時に出展した従来の表現の清貧な作品は非難されました。偉大な芸術家には、それを支えた人がいるのですね。ところでよく見ると、この少女は実は編み物をしています。羊の群れの前で。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7