初めてこの作品を見たとき、その大きさ、どこもメインになりうる緻密な筆致、格調高さに圧倒されました。当時の人たちもナポレオンの偉大さに感服したことでしょう。幅10m高さ6mのこの絵は、ナポレオン一世の主席画家ジャック = ルイ・ダヴィッドによって描かれました。パリの画家学生だった彼は、ローマ留学をきっかけに当時流行していたロココ絵画と一線を画し、重厚感ある新古典主義で歴史、特に古代史を題材としました。
演出家のように場面を選び劇的に表現するかにこだわり、その才能はナポレオンの画家となった時に存分に発揮され、事蹟の証人となります。舞台はパリノートルダム寺院。豪華な衣装と調度品。全ての視線は構成の中心となるナポレオンへ注がれ厳かな雰囲気です。通常は教皇が行う戴冠。しかしナポレオンはローマ教皇を背後に座らせ、自ら冠を被り王妃ジョゼフィーヌへ戴冠しています。ここに自分はローマ教皇よりも上だという意思が見えます。さらに皇帝の妃は若く美しくあるべきと実年齢より20歳若く描かせます。
中央の観覧席に描かれているナポレオンの母マリアは当日欠席。ナポレオンと争っていた弟ジョセフも即位式には招かれていない。左下にいるボナパルト家唯一の男系男子だった幼子シャルルもこの時既に亡くなっている。 
しかし皇帝ナポレオンの確固たる権威のためにどれも欠くことはできなかったのでしょう。ナポレオンといえば白馬に乗って右手を高く上げる絵が有名です。英雄という言葉が似合うあの作品もダヴィッド。いつの時代もイメージ戦略は大事ですね。

ところでこの絵、実は二つ存在します。
1作目はルーヴル美術館、複製はヴェルサイユ宮殿。複製と言っても描いたのは本人。当時複製はどこか一箇所以上違いを入れるのが条件で、ダヴィッドは画面左側、ボナパルト家の女性たちの一人ポーリーヌのドレスを1作目はブルー、複製ではピンクにしました。
ナポレオンの偉大さもこのスケールの絵が二つ存在することにも驚きます。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7