フランスで書道はどう捉えられているのか。NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の題字の揮毫など日仏で活躍するボルドー在住の書道家マーヤ・ワカスギさんに聞きました。

©︎Gilles Bassignac

「書道クイーン」になった大学時代

まずマーヤさんの経歴について教えてください。


 習字と出会ったのが6歳の時。自分から習いたいと母に告げたそうです。高校生の選択授業で書道を選んだ時に、担当だった赤塚暁月先生にお声がけいただき、お稽古場にも通うことになりました。その後、田中節山先生に就いて学びました。


書道は自分にとってどんなもの?

 
 自己表現のツールになっていました。私はゲイで、物心ついた頃からその認識がありましたが、当時はLGBTQといった認識が社会にない時代です。自分の心に突っかかっているものを吐き出せるのが書でした。お稽古ではお手本を正しく書くのが主ですが、先生から自由に文字を書いていいというお許しをもらって好きな男の子の名前をよく書いていました。書はラブレターでした。フルネームで書くとバレてしまうから一文字だけとか!

©︎Gilles Bassignac


以前はドラァグクイーンでパフォーマンスもしていたとか。


 バーで女装したことがきっかけです。大学生の時にダンスミュージックを流しながら文字を書くパフォーマンスを「書道クイーン」という肩書きでしました。当時歩行者天国があった表参道でパフォーマンスしたらテレビや雑誌が取材してくれるようになりました。


その後、海外へ行きましたが、それはなぜ?


 海外への憧れが強く、また外国で一度自分の展覧会をしてみたかったからです。ロンドン、ニューヨークと住み、そこでセクシャルマイノリティへの寛容さなどを目の当たりにして自分の生きる場所を見つけたとも感じましたが、それでもまだ書道を生業にしていくとは思っていませんでした。しかし日本に再び戻っていた2011年に東日本大震災が起きて、いつか死ぬなら自分の好きなことをしようと覚悟し、書道家としてフランスへ来ました。

©︎Gilles Bassignac

「芸術家」であることが特別なパスポートに

なぜパリではなくボルドーに?


 当初はパリに住もうと思っていました。しかし在仏1年目は、誘惑の多いパリより地方が良いと周囲からアドバイスされボルドーへ行きました。そこで大切なパートナーに出会ったため、今もボルドーに住みながらパリでも活動しています。


パリとボルドーをでは書に対する理解は変わりますか?


 いえ、それほど変わりません。フランスに来たばかりの時にボルドーのアートマーケットで「ハガキに名前を書きます」とブースを出したことがあったのですが全然売れず……。当時、日本では数万円でカードに作品を書いていたので完全に鼻を折られました。そもそも書道とは何かというところから説明しないと買ってくれない、すごく時間のかかるチャレンジだと痛感しました。


一方で芸術文化に対する懐の深さもフランスにはありますよね?


 フランス人コミュニティの根っこに入ると包容力がすごいです。芸術が人々の暮らしの中により身近にあります。有り難いことに、見るだけでなく買う人も多いですね。また展覧会などでは、私が拙いフランス語で話してもとても熱心に聞いてくれます。芸術家であることが、特別な場所に行けるパスポートになる機会も日本と比べて多いです。


フランスで作風は変わりました?


 日本ですと日本語で話せますし、相手も日本語を読み書き理解ができます。フランスではその背景がありません。当初は画数の多い字などを書いてテクニックを見せたいと思っていたのですが、漢字を知らない人にとっては「なんですかそれ?」なんです。漢字を知らなくても、私の書で彼らにエネルギーや美しさを感じさせないと響きません。また書道は、フランス人に抽象画と思われることもありますが、私にとっては抽象画ではなく文字からくるインスピレーションを大切にしています。


今後の目標は?


 世界の誰が見ても「これマーヤ・ワカスギだよね」という作品を作るのがゴールです。生きているうちに生み出せるように日々探究しています。


東京銀座のギャラリー和田にて
個展「Fleurir ensemble – 共に咲く喜び- 」を開催(2022年10月17日〜27日)

https://www.maayamaaya.com