19世紀、モンマルトルに、バトー・ラヴォワール(洗濯船)と呼ばれる集合アトリエ兼住宅がありました。
洗濯船とは、その名の通り、洗濯をする船のことです。当時パリでは、セーヌ川で洗濯するのが一般的で、川の好き勝手な場所で洗濯し、衛生状態も良くありませんでした。そこで洗濯船と呼ばれる屋根付きの船を川べりに設置し、洗う場所を決めることによって衛生的な場所を確保したのでした。
ではなぜ、モンマルトルにある集合アトリエをそう呼んだのでしょう。暖房もなく、給水所は一箇所のみ。建物は暗く汚れ、嵐の日には揺れてきしむその建物は、内観も外観もセーヌ川の洗濯船を想像させるためそう名付けられました。当時無名でお金のない芸術家たちはそこに住み始め、のちに20世紀を代表する名だたる芸術家となります。例えば、ピカソ、モディリアーニ、コクトー、シャガール、デュシャン、マリーローランサン、アポリネール。


そう、この絵の画家、アンリ・ルソーも訪れています。彼はパリ市の税関職員として働きながら仕事の合間に絵を描いていたので、ドワニエルソー:税官吏ルソーとも呼ばれました。独学で勉強した彼の絵は、この絵からもわかるように個性的で、当時世間では全く評価されていませんでした。しかし、そんなルソーの絵を、ピカソが5フランで購入し、バトー・ラヴォワールに招きその絵を賞賛し、他の芸術家たちと励ましたのは有名なお話です。
当時ルソーは、50歳を過ぎており、他の芸術家たちは20代後半。なかなか世間で評価されない中、若い彼らに認められ、励まされたルソーはきっとうれしかったことでしょう。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7