「MONACO-MONTE-CARLO」と書かれたこのポスター、何の広告かわかりますか?これは、パリ・リヨン・地中海鉄道 (Chemin de fer PLM)という鉄道会社のポスターです。19世紀後半以降、鉄道網の発達とともに観光旅行も増え、特にこのコートダジュールの路線は当時から人気だったようです。紺碧の海を背景に、両手を合わせ夢見るような表情の女性、そして彼女をとり囲むように円形で描かれたライラック、紫陽花。緩やかに伸びる曲線。これらは、鉄道の車輪や線路をイメージしています。


 作者は、アールヌーヴォーの寵児アルフォンス・ミュシャ。直接的には表現しなくとも南仏の魅力を伝えるなんて粋ですよね。チェコの小さな町からパリへ出てきて、挿絵などの仕事をしながらいつ売れるかわからぬ絵を描き続けていました。大女優サラベルナールとの奇跡的な出会いがあったのは1894年の冬。ある印刷業者にサラからジスモンダという芝居のポスターの依頼がありました。クリスマス休暇中で、パリに残っていたデザイナーはミュシャ一人。それまでポスターなど描いたことのなかった彼は依頼のままにサラをスケッチしポスターを仕上げました。ビザンチン様式で描かれたその絵をサラは一目で気に入り、ミュシャは彼女の専属デザイナーとなります。
 ここからミュシャのアールヌーヴォー画家としての人生は始まります。しかし一方で、彼は若い時に身に付けたアカデミックで伝統的な油彩の技法も忘れてはいませんでした。アールヌーヴォー画家から脱却するように油彩画家としての色も強めていくのです。


妹尾優子

仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「 Lecture de l’après-midi 」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
https://note.com/tabichajikan/m/md750819c9bc7