偉大なる監督の断末魔 勝手に死にやがって
20世紀を迎えるほぼ5年前にオペラ座近くの地下のカフェでとんでもないことが起こった。店の常連が注文ミスにキレたわけでもなくネズミ狩りで厨房がカオスに化したわけでもない。リュミエール兄弟が自らで撮った映像を有料公開したことで映画館の歴史が始まったのだ。カメラに向かって撃とうとする無法者や止め処なく走る汽車を目にしたあたりで、当時の観客は大絶叫を上げていたらしいので井戸から出ようとする貞子を見ていたら、きっと心臓発作を起こしていたのだろう。
それから世界各国でたくさんの映画が作られた。例え自分が何度か生まれ変わって毎回その一生をニートのままで送っても見きれぬほど、本当にたくさんの作品が生み出される。映画自体は建築、絵画、彫刻、舞踏、詩学、文学に続く第七番目の新しい芸術と見なされるようになり、その延長で多くの映画論は出版され映画批評家も重要な役割を果たすことになる。戦後の映画批評家として知名度をそれなりに取得できたのはつい最近他界したジャン=リュック・ゴダール。編集技師でもあった彼は以前の映画と違うものを作りたく、あえて型破りのセリフを入れたり物語の理解が要求せぬ箇所をバッサリ切ったりしたことで同胞と共に業界で新しい波を起こした。サイレント映画からトーキーへ、白黒映画からカラーへ。映画史は技術革新で成り立つが、今の「映画館ではなく自宅で映画を楽しめる」時代はテレビ嫌いなゴダールは嫌いだったかもしれない。
フランスでまだ合法ではない死に方でこの世を去ったせいか、あるいは女王の国葬で掩蔽されたせいか彼の死が知らされた時は名声ほどの反響を感じなかった。忘れられかけている宗教の場合は、神が一人消えても嘆きの声が聞こえなくても当然だが。
『六〇年代ゴダールー神話と現場』
(筑摩書房)
アラン・ベルガラ 著/ 奥村 昭夫 訳
Rémi BUQUET
翻訳家・通訳者
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