ローマ時代から中世、そして現代のパリへ クリュニー美術館

今月のアート
Musée national du Moyen âge
国立中世美術館
Paris
パリ5区カルチエ・ラタンの中心に位置する国立中世美術館、通称クリュニー美術館。歴史をひもとくと、場所の起源は約2000年前に遡ると言って過言ではありません。
紀元1〜2世紀、まだパリがローマ都市ルテティアと呼ばれていた時代、この地には市民生活や社交の場としての公衆浴場が築かれていました。
そして中世に入ると、ブルゴーニュの名門・クリュニー修道院のパリ館がこの地に建てられます。古代の建築を活かしたこの館は、15世紀後半に整えられ、修道院ネッワークの拠点の一つとなりました。
フランス革命期、修道院財産は財政再建のために没収され、国有化されたのち、民間に売却されます。19世紀に入ってからこの館を購入したのが、官僚であり、中世美術の収集家でもあったアレクサンドル・デュ・ソムラールでした。彼はここを自邸として居住しながら、膨大に収集した中世からルネサンス期の美術品や工芸品を展示する場としたのです。彼亡き後、建物とコレクションは国家に寄贈され、1843年、国立中世美術館として開館しました。
先に古代の建築を活かしたと書きましたが、中世の人々にとって古代建築は「遺跡」ではなく、すでにそこにある、丈夫で再利用すべき建造物でした。そのため、古代の浴場の中に中世の館が入り込むような構造が生まれたのです。1000年以上を経ても壁が自立していたローマ建築の圧倒的な耐久性、パリ中心部という立地、そして古代と中世を明確に切り分けない建築観は、きわめて合理的なものでした。現在見られる浴場跡は、後世の発掘によって姿を現したものです。クリュニー美術館は、古代の浴場跡の上に中世の修道院館邸が建てられ、さらに19世紀には邸宅となった、複数の時代が重なり合う稀有な場所なのです。
こうした空間の中で、館を象徴するタペストリー《貴婦人と一角獣》もまた、展示作品というより、初めからこの館に収められるべく存在していたかのようです。
妹尾優子
仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「Lecture de l’aprèsmidi」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。
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