帽子職人 in Paris! 社交界マダムに 鍛えられた 帽子制作技術とは?!

【今月のお客様】
下重 恭子 さん
今回はパリで帽子職人として1年弱研修をされた経験のある下重恭子さんにインタビュー!現在は、東京の西荻窪に帽子工房「シャポーヌ」を経営し、年間数百の帽子づくりを手掛けている下重さんに、パリで出会った人々や、当時の思い出について語っていただきました。
オペラ座裏門で号泣した日
- 帽子職人になられたきっかけを教えてください。
元々自分の頭が大きくて、市販の帽子が全然入らないんですよ。それで自分で適当に作ってみたら面白くなって、衣装全体を学ぶのは大変そうだけど、帽子ならできそう!と思って始めました。 美術系の仕事をしながら帽子学校に3年通って、そこから本格的に舞台の帽子を手がけるようになりました。
- 今の工房「シャポーヌ」はどんなお仕事がメインですか?
舞台、バレエ、コンサート、テーマパークの帽子がほとんどで、年間数百個作っています。スタッフ2人と外注さんで回していて、個人オーダーもできる範囲で受けています。
- パリに行こうと思ったきっかけは?
40歳を過ぎたころに、文化庁の海外研修制度*を知って、思いきって応募したんです。ご縁があって、パリ・オペラ座の衣装主任さんが私の帽子をとても褒めてくださったことがあり、その主任さんならきっと研修先として私を受け入れてくださるだろうと思って。
- 夢のオペラ座研修は順調に始まったんですか?
いえ、1ヶ月目から大ピンチでした。主任さんは受け入れてくださっていたんですが、事務の方がフランスの保険に入らないとダメだと厳しくて。文化庁のほうでも対応が難しくて、結局追い出されて、オペラ座の裏門で号泣しました。
- それでも諦めなかったんですね?
せっかくパリに来たんだから帽子づくりはやりたい!と思って、街の帽子アトリエに面接に行きました。作った帽子の写真を見せたら「これあなたが作ったの?じゃあ明日から働いて!」と即採用。夜10時まで働きました。言葉はほとんど通じなかったけど、職人仕事は技術があればなんとかなるんです。フランス語で困ったのは、仕事の締め切りの話くらいですが、筆談にすればどうにかなりました。
困っても意外となんとかなる!
- 一番印象に残っているエピソードは?
帽子職人を探しているお金持ちのフランス人マダムと知り合って、毎週1個パーティー用の帽子を作る「帽子お抱え職人」になったことでしょうか。シャンゼリゼの近くの高級アパルトマンに住む方で、「売ってる帽子じゃ嫌なのよ」と、ドレスに合わせて羽やリボンをあしらった帽子を、道具のない自宅で、型から必死に作っていました。帰国すると言ったら怒られて、最後に3〜4個まとめて頼まれました。パリの高級誌の社交欄にその帽子で登場されていたこともあります。帰国後、マダムから連絡がきて、お嬢様の結婚式の帽子を頼まれて作ってお送りしました。気に入られてたってことかな?
- フランスと日本の帽子の違いを実感したことは?
頭の形が全然違うんです! フランス人は縦長の楕円、日本人はまん丸なんですね。あと、パリで日よけの帽子をかぶっている人は大体日本人。あちらは日よけじゃなく純粋におしゃれでかぶるんです。それにアトリエでは古い帽子の量が博物館級! 羽の付け方、リボンの結び方が勉強になりました。
- パリでの暮らしはどうでしたか? 部屋探しや観光は?
部屋探しは大変でした。エッフェル塔が見える素敵な部屋が決まったと思ったら、「もっと長く借りられる人が現れたからごめんね」って一方的にキャンセルされて…スーツケースを持ってまた一から出直し。銀行口座は住所がないと作れない、部屋を借りるのには口座が必要、の堂々巡り。観光はほとんどできず、クリニャンクールの蚤の市に毎週通って材料を買ったりする毎日でした。帰国後に改めて観光しに行ったくらいです。
- パリで一番学んだことは?
人の縁が全部繋がっていたこと。滞在許可証の書類を運んでくれた人、翻訳者を紹介してくれた人、弁護士事務所に行く途中で偶然通りかかった通訳さん…本当にラッキーの連続でした。困った時は意外となんとかなるんですよ。
- 今後の夢を教えてください。
パリで自分の帽子展をやりたいですね。 最近、オペラ座の衣装担当さんが工房に来て「帽子の人いないのよね」って言ってくれたので、お声がかかったらまた行っちゃうかもしれないですね(笑)。
**文化庁の海外研修…文化庁が主宰する新進芸術家の海外研修制度のこと。美術,音楽,舞踊,演劇,舞台美術等,映画,メディア芸術の各分野において,新進芸術家が海外の大学,芸術団体,指導者等の充実した環境の下で実践的な研修に従事する機会を提供。



