1枚の絵が導いた運命 ―― 印象派の原点が宿る館

今月のアート

Musée Marmottan Monet

マルモッタン・モネ美術館/ パリ

2, rue Louis Boilly, Paris XVIe

 パリ西部に広がるブローニュの森。その近くの住宅街の一角に佇むマルモッタン・モネ美術館。
 ブローニュの森はアンシャン・レジーム期には王の狩猟地であり、18世紀後半以降は特権階級や富裕層の社交場となりました。
 この館も第3代ヴァルミー公爵エドモンの狩猟別荘として建設されましたが、公爵家の負債により手放され、実業家ジュール・マルモッタンが購入。その息子ポールは邸宅を拡張し、自身が蒐集したナポレオン時代の美術品や資料などを収蔵。彼の死後、邸宅とコレクションはフランス芸術アカデミーに遺贈され、1934年に第一帝政期中心の歴史美術館として開館。

 転機となったのは1940年、モネ《印象・日の出》の収蔵。1874年の第1回印象派展に出品され、「印象派」の由来となったこの作品は館の性格を近代絵画へと導きます。
 さらに1966年、モネの息子ミシェルがジヴェルニーのアトリエに残されていた父の作品約100点と関連資料を遺贈。邸宅という一体性のある空間で作品群をまとめて保存・公開できること、すでに《印象・日の出》を所蔵していたことがその背景にあったと考えられます。それにより、画家の生涯を一望できる構成が整えられ、同館はモネの遺産を守る美術館へと役割を変えていきます。
 モネの作品といえば、《睡蓮》でお馴染みのオランジュリー美術館が思い浮かびます。オランジュリーとマルモッタンは、モネ作品の所蔵では双璧をなしますが、その成り立ちと役割は異なります。
 オランジュリーの核心は、モネ晩年の大装飾画《睡蓮》のための展示空間にあります。モネ自身が国家に寄贈を申し出、構想と設計に深く関与しました。空間全体が作品となる環境芸術がその本質です。
一方、マルモッタンはミシェルの遺贈を契機に、画家の生涯を通観できる研究拠点へと発展。オランジュリーが「晩年の到達点」を示す場であるなら、マルモッタンは「モネという画家の全体像」に迫る場といえるでしょう。

妹尾優子


仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「Lecture de l’aprèsmidi」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。