エレベーターに閉じ込められる

観光客が並んでいるクルクルクロワッサン、10ドルです!

 時は登校の朝。マンションの32階から姉妹を連れて夫と私で3基あるうちのひとつのエレベーターに乗り込み、中には長女のクラスメイトの男の子2人、若い女性が1人、サラリーマンが1人。20階でドアが開きそうな動きをして「がちゃん」。シーン。いつもうるさいエレベーターが無音。無振動。これは絶対止まっている‼
 焦ったサラリーマン兄さんが、ドアを内側からギュウギュウ押しているがビクともしない。エレベーター中に漂う絶望感。「大丈夫、家にいる妻に電話するから!」と電話を掛けるお兄さん。子どもと頼りにならなそうなアジア人家族と、イヤホン付けて携帯いじっている今どきのティーンというラインナップに、お兄さんの声色から「どうにかできるのは俺しかいない」という使命感を感じる。お兄さんが奥さんに電話している間にとりあえずマンションの管理人にこの状況を知らせなければ、とボタン前に立っている少年たちに若旦那が「エレベーターの電話のボタンを押してくれる?」と頼んだら「いや、今お兄さんが電話しているから、押さなくて大丈夫」断られた。少年、冷静にこの状況で一番頼れる人を見極め、切り捨てられた―――。お兄さんが「この扉は2重になっていて、外側と内側の動きがズレると動かなくなるんだ。押せば何とかなる」と説明しながら2度目のプッシュ。シーン。なんとかならなかった。次女は「どうしよう! 学校遅れちゃう!!」長女は「おもろ~」。一方、母は「腹が痛くなったらどうしよう。こんなジェントルマンと娘のクラスメイトの前でウンコ漏らすなんて、いろいろ問題が大きすぎる」と頭がいっぱい。後で聞いたところによると、夫も「きっともうすぐアイちゃんが腹が痛いと言い出す。万が一あいちゃんがウンコ漏らしたら、俺が漏らしたフリをすべきか」と考えていたそう。ウンコで頭がいっぱいの夫婦である。
 サラリーマンが(ウンコで)重い空気を察知して明るい声で少年に話しかけたりしているとエレベーターのスピーカーから「へーい」と誰かの声。サラリーマンが「おお、○○か。俺は○○だよ。20階あたりで動かなくなっている」仲良しのスタッフらしく、そのトークから3分くらいでようやく動き出しました。ロビー階に着いて扉が開くと、スタッフが3人くらい心配した顔で待っていて、今回のヒーロー、サラリーマンが顛末を熱く語っていた。閉じ
込められていたのは15分くらいだったけど、体感で
は深夜ドラマ一本分くらいの長さ。
 子どもたちを送り届け、恐る恐るもう一度エレベーターに乗って部屋に戻ろうとすると、知らない住人が声をかけてきたので「さっき乗ってたエレベーター、止まったんだよ」と夫が言うと、 「 それ私の仕事なのにい~ ! いつも止まるエレベーターに乗っちゃうのよね」とアメリカンジョークを飛ばしてニコニコ自分の階で降りていきました。そんな止まるの? 今思えば、私たち以外そんなに慌てていなかった。そんなに止まるなら簡易トイレを置いてほしい。あと20分くらい閉じ込められていたら、MU5(マジでウンコでする5秒前)だったから、ミッションインポッシブルみたいに天井の板をぶち抜いちゃうところでした。ぶち抜いてエレベーターの上に登って用を足すところだった。そしてダイハードのマクレーン刑事の如く、爆弾(ウンコ)をエレベーターの下に投げる。それだな。いやはや、これから暢気にエレベーターを乗れなくなったな。

マイナス10度の日々です。

吉野亜衣子


ラジオ局を辞め、夫の留学についてパリへ。
帰国後、日仏文化交流のための NOISETTEを設立。2022年で設立10周年。
2024年春よりNY在住。

連載中のトモクンとポッドキャストやってます。