日本人初フランスで頂点に立ったパン職人
パリから南西に高速列車TGVで1時間半かかるロワール川沿いの町アンジェに、2017年にフランス全国のバケットコンクールで優勝した成澤芽衣さんのお店ブーランジュリー・コルネイユがあります。女性として初めて、フランス人以外としても初めてバゲット作りでトップに立ち、今年自らのお店を開店した注目のパン職人にお話をうかがいました。
パン職人の前はカヌーポロの選手
フランスに来たきっかけを教えてください。
2016年に来て7年目です。その前に一度、ワーキングホリデーで1年間滞在したことがありました。初めてフランスを訪れたのは2003年で、日本で開催されたカヌーポロ(1人乗りのカヌーに乗って行うチームスポーツの水上球技)世界選手権を見据えたフランス合宿に参加した時です。
カヌーポロ!?
15歳の頃からやっていて、21歳の時に目標だった世界選手権に出場しました。その会場が北フランスのサントメールという場所だったんです。当時、パンの専門学校には通っていたのでパン自体に興味はあったのですが、フランスという国への興味や海外で働くことは考えておらず。しかし世界選手権でフランスを訪れたことを境に、フランスに惹かれるようになりました。
どこに魅力を感じました?
フランス人のアクイユ(おもてなし)や、さっぱりとした雰囲気が気に入りました。元々海外には興味があってオーストラリアとかで働きたいとふんわりと思っていたんですが、フランスがいいなと思って。
2016年から本格的に暮らしだした時はどこに?
最初はストラスブールのパン屋で働いていて、その時に全国バゲットコンクールで優勝しました。その後、2018年にストラスブールでパン屋をフランス人と共同経営しました。しかし共同経営は、求めるパンの方向性の違いから続きませんでした。また当時フランスへ来て2年目くらいで、責任者としてフランス人従業員を15人くらい管理しなければならず、それも大変でしたね。
尊敬する職人のお店をダメ元で購入打診
今のお店は2023年3月にオープンしました。なぜアンジェに?
共同経営のお店をやめた後も開業はしたかったのですが、それが日本なのかフランスなのかは決めておらず。落ち着いて考える意味でも日本にも一時帰国しました。その際に、やはりフランス人の気質が好きだし、パンの国だし、賞をもらってパン業界の道を開かせてもらった場所だからフランスで開業しようと再認識して、準備に再び取りかかりました。ストラスブールのお店をやめた後は、パン職人のMOF*を持つリシャール・リュアンさんのお店で働かせてもらったのですが、彼が持っていた2店舗のうち1つを買い取らせてもらいました。
リュアンさんが引退されるからということですか?
いえいえ、まだ57歳で現役だったのですが、とても好きなお店だったということもあり私から 「売ってください」と頼んだんです!びっくりされました。「2週間、時間がほしい」と言われて待った結果、「売るよ」と言われ…ダメ元で聞いたので「まさか!」と思いました。実際、とても寛大な方なので、そういう人だからこそ「ウイ」の返事をいただけたのだと思います。
アンジェでお店を開いて嬉しかったことは?
リュアンさん時代からの常連さんがいるんですけど、多くの常連さんがおめでとうと言ってくれて、あれが美味しいこれが美味しいと誉めてくれました。そういう言葉を聞けるとは思っていなかったので、受け入れてくれたんだと思いました。パンってフランスの食文化じゃないですか。それを見た目も全くフランス人ではない私が作っていて、それを認めてくれたと感じた時は嬉しかったです。
もしパリでお店を開いていたら?
今のお店ではフランスの古き良きブリオッシュなどを出していますけど、パリだったらモダンで、アメリカやイギリスなどのテイストも入れた無国籍なパンもやっていたかもしれませんね。
今後の目標を教えてください。
一つはMOFにチャレンジして、いつかはMOFを持ったパン職人になりたいです。もう一つは、実家がある横浜で、生粋のフランスのパンを持ち帰って、日本でもお店を開きたいです。
*Meilleurs Ouvriers de Franceの略。フランスで優れた技術を持つ職人に与えられる賞。
【文 守隨亨延】