エクーアン城が語る、フランスの「形ある遺産」と「無形の伝統」

今月のアート

アンリ・ラヴォー
《レジオン・ドヌール女子教育院の生徒の肖像》

Henry Lavaud - Portrait
d'une élève de la maison
d'éducation de la Légion
d'Honneur, via Wikimedia
Commons

 パリから北へ15キロ、ヴァル=ドワーズ県にある、国立ルネサンス美術館、通称エクーアン城。展示空間自体が、16世紀の貴族の邸宅であり、フランスルネサンスの生活・装飾文化に特化した専門の館です。城の始まりは、16世紀ヴァロワ朝の大貴族で元帥、アンヌ・ド・モンモランシー。ルネサンス美術の大パトロンでもあった彼が、自らの居館として、フランスルネサンス成熟期の粋を集めて建造した館です。
 その後、館は所有者の変遷とともに運命を大きく変えていきます。フランス革命を経て国家の所有となったエクーアン城は、19世紀には全く異なる役割を与えられることになります。それは、ナポレオン1世によって創設された「レジオン・ドヌール教育施設(Maisons d’éducationde la Légion d’honneur)」の校舎としての利用です。レジオン・ドヌールとは、軍人や官僚、学者など国家に功績のあった人物に授与される勲章であり、その受章者の娘たちに教育を施すことは、「功績に報いる国家」というナポレオン的理念の一環でした。
 こうした家庭の子女が寄宿制のもと集められ、厳格な規律とともに教育を受けました。かつて貴族の威信を体現した空間は、「共和国のエリートを育てる場」へと姿を変えたのです。この教育制度は、エクーアン校の閉鎖後もサン=ドニへ場所を移し、現在でも続いています。歴代の制服も興味深く、現在は学年に応じて色の異なる飾り紐を肩につけ、ナポレオン期の象徴体系を思わせる端正なスタイルが特徴です。今回資料として紹介するのは、1865年当時の女子学生の写真です。入学の絶対条件は、レジオンドヌール受章者の子、孫、曾孫の女子に限る。それは差別ではなく、先人の功績を背景に持つ者が備える『ノブレス・オブリージュ』と言えるでしょう。形あるものだけでなく、無形の伝統を守り続けることこそが、激動の歴史を歩んできたフランスを支える背骨となっているのかもしれません。

妹尾優子


仏語教師の傍、仏文学朗読ラジオ「Lecture de l’aprèsmidi」の構成とナレーションを担当。美術史&日本史ラブ。日仏の文学からアートまで深堀りする日々。